山古志紹介

 山古志村は20054月1日に長岡市に編入合併し、長岡市山古志となりました。
 山古志は、棚田や錦鯉の養殖、そして「牛の角突き」と呼ばれる闘牛を観光資源とした人口1960人の村でした。しかし、20041023日に発生した新潟県中越地震により、山古志に通じる道路が寸断され、全村避難しました。又、棚田や錦鯉の養殖に使われている池、闘牛を飼育する牛小屋などが壊れ、甚大な被害を受けました。今では、地震で寸断された道路や民家などが,全国の方々からの励ましや、支援のおかげで順調に元の山古志に戻りつつあります。
 しかし、地震後、7割程度の住民しか山古志に帰ってきていません。

山古志小・中学校から見える風景

今後の山古志の課題

 今、山古志中学校・3年生の総合の時間に、山古志の今後の課題について実際に山古志住民にインタビューをしたり写真をとるなどして、自分達の目で山古志の現状を確かめ、その上で山古志の課題について考えました。その結果、今の山古志は以前に比べて住民が少なくなり、活気が無くなった事や、地震により山古志の美しい景観が少なくなった事など、いくつかの課題が挙がりました。
 そこで、5つの班に分かれて「山古志の地域活性化」を目標に各班で様々な事を計画しました。