どんな困難にも負けずに、最後の成功を目指して自己のベストを尽くす町校の伝統精神

食べ残されたえびになみだ(6年)

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 先日、道徳で「食べ残されたえびになみだ」という学習を行いました。日本の大学に入学したタイ国の学生が、いろいろなパーティの後、えびのフライがたくさん残されていることになみだするという話です。

 主人公の学生の父親は、タイ国でえびの養殖業を営んでいます。来日する前日に、父が育てたえびを食べようとしたら「それは、日本人のために大きく育てたえびだ。おまえのはこっちだ。」と言って、小さなえびを渡された経験をしています。『自分のむすこにさえ、けっして食べさせないほど、大事に育てたえびを食べることができる日本人とは、いったいどういう人間なんだろうと思った。』と述懐しています。そして、「『お米は、農家の人の血とあせの結晶だから、ひとつぶたりとも粗末にしてはいけない。』という一昔前の日本にあった教えは、今にも続いているのでしょうか」と投げ掛けています。
 
 児童は、このタイ国の学生のなみだの理由を「何も考えずに、食べ物を粗末にしているからだ」や「生産者の努力を知らない日本人に悔しい思いをしているからだ」、「息子に食べさせないえびを日本人が捨てていることに腹を立てているからだ」などと発言しました。主人公の立場や心情を理解し、考えていました。

 実は、この教材を読む前に、児童に「みんなは、これまでに食べ物を残したことがありますか?また、それはどうしてですか?」と尋ねました。全員、「残したことがある」と答えました。その理由は「量が多すぎた」、「体調が悪かった」、「苦手な物があった」、「味がよくなかった」、「話をしていて時間が無くなってしまった」などでした。どの児童も、理由に「経験がある」と答えています。私も同じ経験をしています。

 しかし、この経験はタイ国の学生のなみだの理由とは大きくかけ離れています。児童はそこに気付きました。「わたしたちも、何も考えずに食べ物を粗末にしている」と。
 その日の給食は、どの児童も「ちゃんと食べているな。」という印象を受けました。

 学級全体では、給食をよく食べているのですが個人差があります。美味しそうに食べている子、たくさん食べてお代わりをしている子、量を調節して完食をしようとする子、おしゃべりに夢中で時間内に食べられない子、苦手な食べものを何とか食べようとしている子、しない子。それぞれの感覚で食事をしています。

 この教材のねらいの一つに、「自分の食生活を見直す」があります。児童は、学習をとおして自分の食生活を見直したのだと思います。
 立山自然教室が迫っています。青少年自然の家の食事は、バイキング形式での食事です。つまり、一人一人の判断です。自分のさじ加減で食べ物を粗末にするかどうかも変わってきます。
 この「残されたえびになみだ」の学習を経験したことで、食事に様々な人の手がかかわっていることを学び、日々の生活で実践していってほしいと思います。そして、自然教室ではそうした感覚が「当たり前に」なっていることを願っています。
                    〜学年だより6.29号より〜

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