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米百俵の群像について(トップページ写真) |
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この群像は、いまも長岡に伝わる「 米百俵の精神」を、山本有三の戯曲「米百俵」の一幕から再現したものです。
北越戊辰戦争で焦土と化した長岡に、支藩の三根山藩(現在の西蒲原郡巻町峰岡)から見舞いの米が百俵送られてきました。食べるものにもこと欠く長岡藩士たちにとっては、のどから手がでるほど欲しい米でした。しかし、時の長岡藩大参事小林虎三郎は「食えないからこそ、教育をするのだ、学校をつくるのだ」と米を売り払い、その代金を国漢学校にそそぎこみました。
この故事は「目先のことにとらわれず、明日のために行動する」という精神風土を長岡に根づかせ、未来を担う新しい世代を育む思想の源泉となりました。
群像は「米を分けろ」と迫る人々に虎三郎が切々と説いている場面です。かたわらの少年は、「米百俵の精神」を引き継ぐ新しい世代を象徴しています。
長岡の誇る「米百俵の精神」が連綿として伝えられることを願って、この群像を建立しました。
「米百俵の群像」より
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